「Change」
丁寧に、丁寧に。
なめした獣の皮で、ジャマダハルの刀身を拭いていく。エルの日課である、武器の手入れだった。武器の良し悪しは、常に自分の命を左右する。それだけに、日々の手入れを怠る事はない。
‥‥ただ、今回は少しばかり、様子が違っていた。
銀色の刃を見据えるエルの目は、どこか穏やかだった。拭き上げた細い刃に、普段は使わない打粉を打つ。細かい砥石の粉が、刃全体を白く覆った。綺麗な布で白い粉を落とし、エルは再び打粉を打つ。そしてもう一度、布で粉を払った。使い込まれた刃から、曇りが消える。美しい銀色の刃を、エルはじっと見つめていた。
オリデオコンで数回の精錬をされた刃には、刃こぼれひとつない。けれど刀身には、ところどころ小さな傷がついている。それぞれが、激戦をくぐり抜けてきた証だった。
このジャマダハルは、エルがアサシンになって購入した、初めてのカタール武器だった。それは精錬もされていない、カードスロットもない、もちろん属性も持っていないものだった。それでも、エルにとっては特別な武器だった。一人前のアサシンを目指していたエルにとって、カタールを手に入れることは、ひとつの目標でもあったのだから。
以来、ジャマダハルは片時も離れず、エルの傍にあった。4回の精錬を重ね、どこへ行く時も常に持ち歩いていた。そして、数えきれない戦いを共にした。ポリンを殴ったこともあったし、ボスと刃を交えたこともある。レベルアップの嬉しさも、負けた時の悔しさも、この刃は全てを見てきたのだ。
――けれど。
エルは綿毛に油を染みこませ、ジャマダハルに塗る。ムラにならないように、丁寧に、丁寧に。いつもより厚めに油を塗り終わり、エルはジャマダハルを机に置いた。そして、もうひとつの武器を、ジャマダハルの隣に置く。
精錬されたばかりの、輝く2枚の刃。ジャマダハルと似ているが、威力はわずかに劣る武器――ジュルだった。しかし、このジュルの本当の力は、これから目覚めていくものなのだ。
エルは片方のジュルを手に取り、その刃を見つめる。
今まで何度か試したが、武器の過剰精錬に成功した事はなかった。何本かのマインゴーシュや茨のカタールを、精錬の失敗によって失ってきている。だが、このジュルだけは違った。2回の過剰精錬、合計で8回の精錬に耐えたのだ。そして、この武器には、3つのカードスロットがある。
エルは1枚のカードを取り出し、ジュルのスロットに差した。ソルジャースケルトンカード――それは、武器のクリティカル攻撃率を劇的に高める効果がある。このカードを3枚差したジュル、トリプルクリティカルジュルは、エルの目指すクリティカルアサシンの代名詞とも言える武器だった。
ついに今日、その念願の武器に、大きく近づくことができた。だが喜びと同時に、エルは寂しさを感じずにはいられなかった。クリティカルジュルを使い始めたら、もうジャマダハルで戦う事はなくなるだろう。扱い慣れた武器を使うのも、今日が最後。
ジュルを机に置き、代わりにエルはジャマダハルの柄に触れる。わずかに目を細めて、思いを巡らせた。何かが欠けたような感覚を、ひとり静かに受け止める。
より高いところへ進むために。変わるために。越えなければならないことなのだと。
エルは目を伏せ、深く息を吐いた。ゆっくりと目を開き、ジャマダハルから手を引く。そして紐と布を取り出すと、ジャマダハルを包み始めた。しっかりと、丁寧に、丁寧に。ほどなく、机の上には白い包みができあがる。明日、エルはカプラ嬢に頼んで、ジャマダハルを倉庫に保管してもらうつもりでいた。
もう一度、エルが両手で包みを取った。今までの思い出ごと、包みをそっと抱きしめる。
「今までありがとう。‥‥お疲れさま」
長い眠りにつく相棒に、エルは最後の言葉をかけた。