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「Power」


『自分の目指す強さを忘れないように』
 その言葉が、力をくれた。


 からりと晴れた空の下。港町アルベルタには、今日も穏やかな風が吹いている。通りの脇で、エルは周囲の喧騒をのんびり眺めていた。そこに、声がする。
「エルさん、遊ぼー」
 振り返ると、アルベルタの空を思わせる、明るい笑顔があった。アサシンクロスの先輩にあたる、彼の名をヘキサ・グラムという。酒場でもよく見る彼はいつも、今と同じ屈託のない笑顔をしていた。
 エルさんと遊ぶ!? と叫ぶギルドマスターの声は聞こえないフリをして、エルは問い返した。
「何して遊ぶんですか?」
 言いながら、エルには確信があった。後に続く言葉を、なんとなく理解する。ヘキサは笑顔もそのままに、悪戯っぽい口調で答えた。
「こ・ろ・し・あ・い」
 おおよそ表情と不釣合いな内容だが、エルは動じない。それこそ予想通りの答えだったからだ。
「‥‥アサクロ同士の対決ですか?」
 かけられた問いは、エルの声ではなかった。見れば、もうひとりのアサシンクロスが歩み寄ってくる。晴れ渡る空と同じ色の髪が、その背で揺れている。彼の名はヴェガ。最近、アサシンギルドでも期待されている成長株だと聞いている。
「じゃあ3人でやる?」
 ヘキサは特に1対1にこだわる気はないらしい。だからこそ遊びなのだろう。話の流れに頷きながら、エルはふたりのアサシンクロスを見比べた。
 ヴェガとは先日、監獄で一緒に狩りをしている。その時は頭にひよこを乗せ、ダブルアタックを使って敵を切り刻んでいた。バックステップを用いた素早い身のこなしも目にしている。レベルこそエルより低いとはいえ、油断の出来る相手ではない。
 ヘキサについては先刻、ツヴァイトとの戦いを目にしている。勝利こそツヴァイトのものだったが、ヘキサはインベナムや猛毒、ソニックブローを駆使して戦っていた。他にも、エルにはまだ使えないメテオアサルトも習得している。
 そして何より、ヘキサの得意技はソウルブレイカーだという。アサシンクロスの看板とも言える技に、エルは少なからず思い入れがあった。それはコンプレックスだとか、トラウマに近いものだが。
 以前、ソウルブレイカーを得意とするアサシンクロスに倒されたことがあるのだ。それも一撃で。今でこそソウルブレイカーを使えるようになったが、あの時受けたほどの威力は出せない。それもそのはず、エルはソウルブレイカーを主に使うための鍛錬を積んではいないのだから。
 ――それでも、負けたくはない。
 装備を確認し、エルはふたりのアサシンクロスと対峙する。エルの装備は闇属性の服に、月桂冠と目隠し。毒耐性の服も裏切り者も持参していなかったのが悔やまれるが、毒薬の瓶を持っていただけでも充分だった。
 ギャラリーにカウントダウンを頼み、三者三様に身構える。鍛え方はそれぞれ異なっても、お互いの手の内はある程度読める。後はそれを、どう活用できるか。
 カウントが終わった瞬間、全員が動いた。エルは猛毒を武器に振りかけ、気配を絶つ。すぐ傍をヴェガがすり抜けるのを感じた。グリムトゥースで捕捉しようにも、速すぎて追いきれない。
(‥‥どうする?)
 もとより人に対してグリムトゥースを使い慣れていないエルは、その場で息を潜めていた。このままで勝てるとは思えないし、自分に出来ることは限られている。
 エルは両手の刃を構え直した。猛毒で不気味に輝く、トリプルクリティカルジュル。静かに息を吸い、エルは目標を探した。そのとき、ヘキサの殺気が膨れ上がる。闇が凝縮し、ヴェガに向かって弾けた。一撃必殺のソウルブレイカー。
「‥‥っ!」
 苦悶に呻き、ヴェガが吹っ飛ばされる。起き上がる気配はない。
 エルの足が地を蹴った。振り向くヘキサの間合いに飛び込み、間髪入れずにジュルを振るう。今持てる力の全てをぶつけるつもりだった。自分に出来るのは、真正面から攻撃を叩き込むことしかない。反撃されれば倒れるだろうが、それでも構わない。
(これが、私の力)
 何回殴ったかは覚えていない。いきなり、エルはヘキサの姿を捉え損ねた。慌ててジュルを引き、目隠し越しに気配を探る。そのとき、耳に周囲の声が戻ってきた。
「L.Bさん勝利」
「鬼だ‥‥」
「え?」
 気づくと立っているのはエルひとりだった。呆然として、エルは呟く。
「何で勝ってるんだろう‥‥?」
 確かに、ヘキサは回復アイテムを使わないと言っていた。しかし彼の体力を削りきるほどの攻撃を自分がしていただろうか。あんな短い間だったのに?
 戸惑うエルの耳に、ふと届いた言葉があった。
「EDPのクリってすげぇ」
 聞こえた声に、エルは思わず息を呑んでいた。まさに今、最も聞きたかった言葉をもらえた気がした。喉が熱くなり、まるで自分は泣いてしまうのではないかと思う。
(どうしよう。嬉しい)
 今まで歩いてきた道を認めてもらえた気がした。
 強くなりたいと、転生する以前からもずっと悩み続けていた。たぶん、これからも悩むだろう。自分にまだ力が足りないのは間違いない。でもそれは、もっと強くなれるということでもある。
『自分の目指す強さを忘れないように』
 いつかそう言って励ましてくれた人は、先輩であるヘキサだ。目隠しを外し、ちらりと彼の方を見る。ヘキサは回復させてもらったのか、ヴェガと一緒に何やら話し込んでいた。
「ヴェガさんイミュンつけてないでしょ」
「木琴ですね」
「ソウルブレイカーのダメージを軽減するには‥‥」
 研究熱心なふたりの姿に、エルは憧れの目を向けた。何も考えずに戦う自分とは大違いだ。
「エルさん、強くなったなぁ」
 しみじみと呟くツヴァイトの声がする。口の中で何かもごもご言い足しているギルドマスターに、エルは小さく首を振って、微笑んだ。
「いえ、まだまだです」
 足りないものはたくさんある。研究、鍛錬、装備や経験など、それこそ考えればきりがない。もちろん時間もかかるだろう。
 それでも――だからこそ、走っていく。みんな、自分の道を。


 穏やかな潮風が、港町を通り抜けていく。エルは空を見上げた。心と同じく、どこまでも晴れ渡る空だった。


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