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「Strike」

 ゲフェン地下のダンジョンに、詠唱が響く。
「リザレクション!」
 大いなる力が、倒れた者を包み込んだ。再び立ち上がった冒険者は、救い主のプリーストに心からの感謝を述べる。この場所で時に出くわす光景を、エルは視界の端で見ていた。両手で、近寄ってくる雑魚モンスターを打ち払いながら。
 プリーストは続けて、冒険者にさらなる護りの力を授けた。冒険者の丁寧な礼に別れの挨拶を返し、彼――ツヴァイトが振り返る。エルにしか聞こえないほどの小声で、しみじみと呟いた。
「ああいう風にお礼を言われると、支援しがいがあるなぁ」
「そうですね」
 エルも頷く。奉仕活動であっても、感謝されると嬉しいものだ。横で見ていただけのエルも、ささやかに心が和むのを感じていた。ツヴァイトは足取りも軽く、ダンジョンの奥へと進んでいく。エルもその後を追った。
 ツヴァイトとペアを組むのは、エルにとって初めてである。たまたまダンジョンで出会ったツヴァイトが、声を掛けてきたのだ。
「せっかくだから、組んで一緒に歩こうよ」
 考えてみれば、エルがツヴァイトと一緒に戦ったのは、数えるほどしかない。それも、ほとんどギルド狩りの時だけだった。理由として、エルがまだツヴァイトのレベルに追いつかないこともある。しかし、こういう機会は願ってもないチャンスだった。
 エルにとって、ツヴァイトの狩りというのは、色々と関心があるものだった。そのツヴァイトは歩きながら、次々に周囲のモンスターを引きつけていく。
 エルは一匹のモンスターに駆け寄り、茨のカタールを叩き込んだ。同時に、ツヴァイトの胸元でクリップが光を放つ。
「マグナムブレイク!」
 爆発が、周囲の敵を吹き飛ばした。ツヴァイトは連続で爆発を起こし、残った敵をスタナーで殴り倒す。凄まじいまでの攻撃を間近で見ながら、ふとエルは考えていた。

(この人はどうして、殴りプリーストになったのだろう?)

 それは時々、エルの頭に浮かぶ疑問だった。プリーストは本来、前に出て敵と対するための職業ではない。敵と戦う者たちを癒し、力と加護を与える。それが世間一般での、プリーストの役割だとされている。
 しかし、中には自ら戦うプリースト、通称殴りプリもいる。彼らは普通のプリーストよりも、さらに過酷な修行をしなければならないと言われている。
 Ragnarok Runnerギルドマスターのツヴァイトは、かなりの実力者らしい、とエルは聞いていた。この世界にいるモンスターのほとんどを、1人で撃破できる、とも。実際、目の当たりにするツヴァイトの戦いぶりは、エルの想像を遥かに超えていた。彼が、どれだけの修行を積んだのかは計り知れない。‥‥だから気になるのだ。

 エルが求めているものに近い力を得た、それだけの理由を。

 考えながら、エルはツヴァイトについていく。ツヴァイトは、ダンジョンの中に建つ邸宅へと入っていった。後に続いて、エルも壊れた門をくぐる。見慣れた景色の中に、ツヴァイトの後ろ姿があった。その向こうに、見覚えのある敵がいた。跳ねる、凶悪な銀の刃。――魔剣オーガテュース。
 ツヴァイトは何の躊躇もなく、魔剣に殴りかかった。
「――!」
 とっさに、エルも魔剣に斬りかかる。今まで、オーガテュースとまともに渡り合ったことはなかった。多くの冒険者を薙ぎ払う魔剣の強さは、実際に斬られて知っているからだ。その強敵と対して、エルの思考は驚くほど静かだった。
 魔剣を前にして、ツヴァイトは一瞬もためらわなかった。逃げる、とも言わない。本気で魔剣を倒す気なのだ。
 ‥‥ならば、自分にできることは。
 エルは素早く、茨のカタールを持ち替えた。より威力の高いジャマダハルを握り、途切れることなく攻撃を続ける。

 魔剣に少しでもダメージを与えること。そして――的になること。

 そこまで考えて、エルは全ての思考を消した。もう死への恐怖も、時間の感覚もない。ただ目の前にある敵に、ひたすら刃を叩きつける。時に深く傷つけられながらも、微塵も怯む事はなかった。
 何十回目かの攻撃の後。魔剣の姿が影になり、細く溶けるように消えていった。エルはそのまま、周囲に残る雑魚を殲滅にかかる。向かってくるものを全て倒し、ようやくエルは我に返った。残ったのは散らばったアイテムと、ドロップスを連れた神官の姿。
 ツヴァイトはエルに向かって、笑顔でサムズアップする。そして、落ちているアイテムを拾い始めた。
「あの」
 その背中に、エルが声をかける。荒くなった呼吸を整えながら、言葉を続けた。
「どうして、魔剣と戦ったんですか?」
 そう、あえて危険を犯す必要はなかった。わざわざ魔剣と戦って倒さなくても、ハエの羽で飛べば済むのだから。
 エルの疑問に、ツヴァイトは人差し指を、ぴっ、と立ててみせた。そして、口を開く。
「俺は支援だけでは救えなかったものを、救うための殴りなのですよ」
 オペラ仮面の下で、いたずらっぽく目が笑っていた。冗談めかした言葉は、しかしエルの心に、すとんと落ちてきた。

(この人は‥‥もしかしたら)

 プリーストは人を救うために存在する。けれど、それは救いを求める人に手を差し伸べるだけではないのだ。傷ついた人を癒し、倒れた者を立ち上がらせるのも大切だろう。だが‥‥もしも、傷つけないですむのなら。
 誰かを傷つけないために、自らが戦うのだとしたら。
 エルは改めて、ツヴァイトを見る。ドロップスのめておと戯れる姿は、いつも見ているものと同じだった。エルは、彼の中にある強さを思う。人を護るために、自らが傷つくことも覚悟し、痛みを超えてきた強さ。
 ツヴァイトが振り返った。突っ立ったままのエルに向かい、口を開く。
「さて、ラストスパート行くかー」
「はい」
 エルの返事と同時に、ツヴァイトが走り出す。再び武器を持ち替え、エルも後を追って駆け出した。
 その背にいつか、追いつけるように。


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