「Voice」
不思議な人だ。
そんなことを思いながら、エルは隣のプリーストを一瞥する。整えた白い髪に、聖職者の帽子。そこまでは、ごくありふれたプリーストの姿なのだが‥‥。
「何も出ませんね」
ため息と共に、彼が呟く。振り返った顔は文字通り、貼りついた笑顔だった。雑な作りの仮面に、ピエロを思わせる顔が描かれている。それは、ゴブリン族が用いる仮面だった。防具としての実用性は低く、どちらかといえば趣味の持ち物に分類される。従って、装備している人も、それほど見かけない。
しかし、どういう訳かこのプリースト――癒汰は、いつ会ってもこの仮面をつけていた。仮面をとった彼の顔を、エルは見たことがない。間近で顔を見る機会も特になかった‥‥と、言えばそれまでなのだが。
今日、エルは癒汰とふたりで騎士団に来ている。発端は、ギルドチャットで喜ぶ癒汰の声だった。どうやらレベルが上がったようで、聞けばエルとも公平に組んで戦えるというのだ。
『じゃあ、お祝いにどこか行きましょう』
という、微妙に良くわからないエルの提案で、今に至るというわけである。
「カードくらい出ればいいのに」
ぼそりとエルが言う。とても譲歩はしていない台詞だが、彼女なりの理由はあった。何か出てこそ、お祝いの意味があるからだ。癒汰にしても、騎士団は色々と稼げることを期待しての選択だったのだし。――そこまで考えて、エルは改めて癒汰の方をうかがった。
癒汰はビンに詰めた聖水を取り出すと、祈りを込めてエルに振りかける。
「アスペルシオ!」
高らかな声と共に、エルの持つカタールの刃が、清らかな輝きを帯びた。アスペルシオの魔法は、聖水を介して、神の加護を武器に宿す。この聖なる武器は、騎士団に出るモンスターに対して、絶大な効果を発揮するのだ。アサシンひとりだけの狩りでは、決して授かれない恩恵だった。
感謝の気持ちを、エルは軽い会釈で表した。癒汰がサムズアップで応える。奇怪な仮面と、誠実な行動。
(‥‥不思議な人だな)
何度目かの感想を抱きつつ、癒汰と並んで歩き出す。次の敵を探しながら、癒汰が細い通路に入った。後に続こうとしたエルの視界の端に、大きな影が映った。
「――っ!?」
ぎょっとして、エルがそれを振り返る。深淵の騎士とは違う、血まみれの鎧騎士がそこにいた。エルは過去に一度だけ、その姿を見たことがあった。
(ブラッディナイト!)
エルはとっさにカタールを振り上げる。混乱した思考のまま、エルは目の前の鎧に全力で攻撃を叩き込んでいた。
――壊さなければ、殺される。
身体の芯が凍てついたように冷たい。何かに憑かれたように、エルは必死にカタールを振るい続けた。だが目の前の鎧は、さしてダメージを負った様子もない。その異形の兜の奥で、大きな力が動いた。
真上に魔力の渦が生まれる。空間を裂き、燃え上がる隕石が襲いかかってきた。エルの精神と身体が、呪われた鎧に押し潰されかけた、その時。
「サンクチュアリ!」
力強い声が響き、エルの全身を光が覆った。暖かい力がエルを包み、身体の隅々まで流れ込んでくる。隕石で受けたダメージは、瞬く間に回復していった。そこで初めて、エルは自分が錯乱していたことを自覚した。何しろ、癒汰の存在すら忘れていたのだから。
癒汰は少し離れた場所から、エルに持てる限りの支援を授けていた。振り返ることはできなかったが、エルはその声に心を奮い立たせる。カタールを握り直して、今度は鎧の隙間を狙った。斬りかかる腕の関節に、手薄になった胴に、何度も両手の刃を突き刺す。首の付け根を刃が貫き、ぐらり、とブラッディナイトの兜が傾いた。音を立てて、血塗られた鎧が崩れ落ちていく。残骸となった鎧を見下ろし、エルはしばらく動くことができなかった。
「‥‥怖かった」
言葉が口をついて出て、深く息を吐く。顔を上げると、笑みの形の仮面が目に入った。癒汰はてきぱきと支援をかけ直し、様子をうかがうようにエルを見る。エルは静かに深呼吸して、癒汰に頷いてみせた。もう、大丈夫だと。
癒汰も頷き返し、何事もなかったように通路を進んでいく。同じ道を並んで駆けながら、エルは思った。
(不思議な人だけど)
けれど、確かなことはある。例えば誰かを支える姿勢や、気を配る精神。それは、隠されて見えない口から聞こえる、彼の声に似ている気がした。温かく、まっすぐな声。
「何か出ないかな」
「出たら帰りますか」
癒汰と会話を交わしながら、騎士団の中を行く。仮面の下の素顔について、エルは聞かないことにした。